2013年10月23日水曜日

韓国の遺族、靖国神社前で揉める

めんどくせー!

韓国人強制動員被害者の遺族 靖国で合祀取り消し要求

【東京聯合ニュース】太平洋戦争中に日本軍により強制動員され、死亡した韓国人被害者の遺族が22日、靖国神社(東京都千代田区)を訪れ、家族の名前を合祀(ごうし)者名簿から削除するよう訴えた。
色々と突っ込み所満載だな。


まず、朝鮮人の強制動員というのは非常に短い期間で行われた、ということを念頭に話をしなければならないだろう。
朝鮮人の労働力としての動員は、確かにあった。1939年より、労務動員計画の施行が行われ、朝鮮から労働者が日本に渡るようになっている。
諸説あるが、その動員方法は半ば強制的な手法により行われたケースも有ったようだ。

が、この話は、あくまで労働力としての動員であって、徴兵を行ったのは1944年以降と日本人の徴兵に比べてかなり遅かった。これは言語や文化的なハードルが高かったから、というのが主な理由のようである。
 ナム・ヨンジュさん(74)=女性=は「兄の名誉を回復し、亡くなった両親の恨みを晴らすためにも、絶対に靖国の合祀者名簿から兄の名前を削除する」と言って涙ぐんだ。
 兄のデヒョンさんは20歳のころ日本軍に連行された。南洋群島にいることを知らせる手紙と写真1枚が送られてきたが、その後は消息が途絶えた。母親は息子を心配しながら光復(日本の植民地からの解放、1945年8月15日)の翌年に死去した。
年齢を暈かしてあるため、いつ、強制連行されたか、等は不明だ。
 パク・ナムスンさん(70)=女性=は生まれる前に父親のマンスさん(1920年生まれ)が南洋群島に連行され、父親と一度も会ったことがない。パクさんは「父の名前さえ削除してくれれば、もう靖国には来ない。遺骨だけでも見つけて埋葬できればと思う」と語った。
ただ、この記載を読むと、1920年生まれで20歳の時に兵士になったことを考えると、兵士になったのは1940年頃。つまり、朝鮮人を対象とした徴兵より遙か以前に入隊していたことになる。

となると、「強制連行」というのはかなり疑わしい話になってしまう。
労働者として日本に渡り、その後徴兵された、という筋書きなら未だ分かるが……、日本軍に連れて行かれたとは一体?
 また、パク・ギチョルさん(70)も「A級戦犯が合祀されている神社に父がいる理由がない」と述べ、父親の名誉回復に力を尽くす考えをあらためて示した。
靖国神社にはA級戦犯は合祀されていない。いや、正確にはA級戦犯として取り扱われた人々は国会で決議されたことにより法的に名誉回復をし、法務死として取り扱われることとなっている。
又、東京裁判事態、不適法な手順でA級戦犯なる戦争犯罪人をでっち上げたのであるから、そもそもA級戦犯など存在しない、と言っても強ち間違いでは無いだろう。

何か、靖国神社にはA級戦犯が合祀されているのだから、参拝をしてはいけない、みたいな主張を良く聞くが、これは大きな間違いなのである。


んでもって、最後の部分。これもおかしな話だ。
 一方、遺族27人は同日、強制動員被害者の無断合祀の取り消しと遺骨の返還を求める訴訟を東京地裁に起こした。
残念ながら、靖国神社には遺骨は存在しない。
よって、このような裁判を東京地裁に起こしたところで、全く意味は無い。
そして、靖国神社の配慮によって、名簿から名前を削除して貰える可能性はあるだろうが、それは故人の望むことなのだろうか?
1940年頃に朝鮮人として日本兵になったのであれば、ほぼ間違い無く志願兵である。志願兵の名誉に敬意を表して祭られているのだから、寧ろ名誉なことでは無いのか?

言ってみれば、靖国神社にあるのは単なる戦没者名簿に過ぎない。そこから名前を削除するのに何の意味があるのやら。
……反日活動に傾倒している韓国人達にとっては、意味のあることなのかも知れないが。


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