2015年2月3日火曜日

結束の乱れるテロ組織ISIL

うんまあ、そんな気はしてたんだよね。

後藤さん解放交渉「窓口一定せず」 「イスラム国」に真剣さなく交渉頓挫

産経新聞 2月3日(火)7時55分配信
 【アンマン=岩田智雄、吉村英輝】イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」の人質となった後藤健二さん(47)らの身柄交換交渉をめぐり、ヨルダンの複数の下院議員が産経新聞の取材に応じ、同国に収監中の女死刑囚の釈放などイスラム国の要求に応じたとしても、後藤さんは解放されなかったとの見方を示した。イスラム国側の窓口が一本化されず交渉がまとまらなかったほか、イスラム国がイラクにいる幹部の奪還作戦に失敗し、後藤さんとの身柄交換に切り替えた可能性も浮上した。
可能性が1%でもあれば、人質奪還の努力を惜しまない。そうした姿勢を日本政府は見せてくれたが、それで十分だったかについては疑念も残る。


だが一方で、相手は悪逆非道なテロリストだったのである。
気に入らなければ組織の兵士だって平気で斬首するという残虐さを見せていたし、これまでだって多くの人質が殺されている。また、奴隷売買だって生業にしているのだ。
遠く中東の出来事が、今ここにある危機に変わったから、大騒ぎになっているものの、その残虐性は一貫して変わらない。
日本赤軍との親和性が高かったことも有名な話で、テルアビブ空港乱射事件(1972年5月30日)やドバイ日航機ハイジャック事件(1973年7月20日)、シンガポール事件(1974年1月31日)、ダッカ日航機ハイジャック事件(1977年9月28日)、三井物産マニラ支店誘拐事件(1986年11月~)などに関与していたと言われ、これらの事件の際にパレスチナ解放人民戦線(PFLP)などと連係をはかっていた事実もあり、サヨクは親近感を感じるのかもしれないが、一般国民にとっては迷惑この上ない。

そして、こういった過激派のお約束として内部分裂して内ゲバを繰り返す訳だ。


で、今回の経緯について、ヨルダンの議員が喋っているわけだが……。
 取材に応じたのは、下院のバッサム・マナシール外交委員長とハビス・シャビス議員。
 マナシール氏は「残酷な殺害方法をみても、(イスラム国に)心も倫理もないことは明白。約束など絶対に守らない」と指摘。シャビス氏は、交渉について、政府から説明を受けたとした上で、「イスラム国は国家ではない。(後藤さんが)百パーセント解放される保証がなかった」と述べた。
 マナシール氏は、イスラム国が後藤さんの解放条件を身代金要求からサジダ・リシャウィ死刑囚の釈放に切り替えた理由について、その数日前にイラクで拘束されている幹部らの奪還作戦に失敗したと指摘した上で、「求心力を取り戻そうと、関係のない日本人の人質と死刑囚の交換を思いついた。論理破綻しており、本気ではない。信用に値しなかった」とした。
ヨルダンとテロ組織ISILは敵対関係にあるだろうと思われるので、流石にテロ組織ISILの事を良く言ったりはしないだろう。
だから、鵜呑みにする必要は無いわけだが、「幹部奪還作戦の失敗」というのはこの事件の大きな転機になった可能性はあるな。


そして、こちらも大きな影響はあった可能性を否定はできない。
 同氏はヨルダンが解放を求めている自国軍パイロット、モアズ・カサスベ中尉(26)について、「ヨルダンは奪還について騒ぎすぎる失敗を犯した。彼の価値が知られ、解放が難しくなった」と悔やんだ。
当初は、日本人の人質の価値は相当高いと、その様に判断していたことは2億ドルを吹っ掛ける一番最初の要求からしても理解できる。
無論、2億ドルというのが払われる可能性の無い金額設定だったとしても、人質の価値を高く見積もっていたことには変わりない。
だからこそ、湯川氏が殺害された後も後藤氏は生かされていたのだろうという解釈ができる訳だ。
そういう観点で行けば、湯川氏よりも後藤氏を、後藤氏よりもヨルダンのパイロットをより人質として高い価値を持っていると判断したことは想像出来る。


そして、2億ドルよりも幹部釈放の方がテロ組織ISILにとってより切実な問題だったと、そういうことが言えるのだろう。
 日本人解放に向けた交渉は「秘密裏に行ったので言えない」としつつ、イラクのスンニ派部族が仲介役を引き受けたが、「イスラム国側の窓口が一定せず、交渉がまとまらなかった」とし、「日本には本当に申し訳ない」と謝罪した。
 その上で、「イスラム国に金も何も渡さなかった日本の決断を尊敬する。渡しても奪われるだけで、交換はなかった。安倍晋三首相は賢い」と述べ、「日本とヨルダンの友好関係はむしろ強まった。日本は今回の悲劇にめげず、一緒に立ち向かい続けてほしい」と述べた。
また、ヨルダン政府がどのような交渉を行ったかは明らかでは無いが、ヨルダンの議員がこのような感想を述べていると言うことは、テロ組織ISILの迷走ぶりにヨルダン政府が相当手を焼いていた事がうかがわれる。


こちらのニュースも合わせて考えると更に複雑である。

後藤さん トルコとの国境地帯に一時移送か

2月3日 6時22分
イスラム過激派組織「イスラム国」による日本人殺害事件で、後藤健二さんは、「イスラム国」側が示した最終的な交渉期限の先月29日までにトルコとの国境地帯に一時移送されていたと複数の関係者が証言し、後藤さんの解放に向けた交渉が進展しかけていたものの何らかの理由で決裂したという見方が出ています。
このニュースソースが信用できるかという問題はあるが、少なくともこの様な情報をテロ組織ISIL側が出しても良いと判断しているという事にはなるだろう。
後藤さん トルコとの国境地帯に一時移送か 証言が本当だとすれば、後藤氏は割と転々と移送先を移されていた模様だが、交渉の推移だけでこの様な扱いがされていたとは考え難い。

僕の個人的な憶測ではあるが、テロ組織ISILの内部での派閥争いが激化しているのが原因では無いかと、その様に思う。
こちらでも言及したが、度重なるアメリカの軍事作戦や資金凍結などの影響、そして急成長したお陰で、テロ組織ISILの内部の統制に軋轢が生じている可能性が高いと思われる。今回の人質事件はそうした背景が影響したのだろう。


そもそも、テロ組織ISILの中核にいるのはイラクの旧フセイン政権の主要メンバーであるとの指摘も度々なされているが、「イスラム国」としての独立宣言は2014年1月3日、カリフ宣言が2014年6月29日のことだ。活動開始は2006年頃からとも言われており、急成長したテロ組織と言えるだろう。
で、ここで出てくる「カリフ宣言」というヤツなのだが、カリフというのはイスラム国家の最高権威者の称号のことで、テロ組織ISILがイスラムを背負って立つのだという宣言をしたに等しい。
だがその実情は、イスラムの教えをベースにしてテロリストのコングロマリット化が成功した事例だということだろう。

ただ、過激派を集めた集団だけに、意見衝突が起きると内部抗争は凄惨を極めることになる。
日本ではあさま山荘事件(1972年2月19日)なども有名であるが、この事件を起こした連合赤軍は内部でのリンチが頻発し、粛正と称して暴力を加えた結果、死に至るようなケースも少なくなかったようだ。
外部に敵を求めて結束を求めた集団が、敵を撃破することで高揚感を高める事ができなくなれば、必然的にその攻撃力は内向きに作用する結果になる。

テロリストの力学とはそうしたものだ。
だが、テロ組織ISILは、足並みの乱れがそこかしこに見られるとは言え、未だ強大な軍事力を有している現実は変わらないし、彼らなりの合理性でその地域を支配している事も事実である。
日本人はそうしたリスクがあることをもっとしっかり認識すべきだろう。

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