対馬の仏像を盗む韓国人の唱える盗人の理屈

日本人には理解し難いな。

韓国人が対馬の仏像盗む理由、「昔は韓国の領土だったから」―中国紙

2014年11月28日 8時4分

2014年11月27日、環球時報(電子版)は、長崎県対馬市の寺から仏像を盗んだとして韓国人の男5人が逮捕された事件で、原因として「対馬が歴史的に韓国の領土だったことがあるため」と報じた。

対馬が歴史的に韓国の領土だった史実は存在しないが、彼らの歴史教育はどうなってるんだろうな???


韓国の歴史はウリナラファンタジーと揶揄されるだけあって、歴史的資料に基づかないケースが多い。

韓国の歴史家によると、1419年の文献に「対馬は慶尚南道に属する」と明記されており、18世紀になって日本に併合された。韓国の一部の民間団体は、今も対馬が韓国の領土であることを示す証拠を探している。さらに、今回盗まれた仏像は9世紀のものだったため、韓国国民の一部には「そもそも自国の所有物だ」との考えもあるという。

歴史を紐解くと、1419年頃は、日本史で言えば室町時代(1336年~1573年)である。

室町幕府の4代将軍足利義持の施政下にあった当時の日本では、3代将軍足利義満の影響力が弱まって各国の大名が力を付けていた時代であった。

で、現在の対馬は対馬国として宗氏が治めていた。

当時の対馬は日本と朝鮮との間の緩衝地帯的な役割を果たしていたようで、1419年には朝鮮王朝第3代の太宗が倭寇討伐を大義名分とした掃討戦を仕掛けてきて甚大な被害を被っていた。これが応永の外寇と呼ばれる事件である。

だがこの時は、台風が近づいてきたこともあって朝鮮軍は撃退されたしたようだが……、韓国の文献では勝手に侵略が成功したことになったらしいな


太宗という人物は、朝鮮王としては評価の高い人物のようだが、支那王朝の冊封体制下にあった事実は変わらない。この時代も明の永楽帝から朝鮮国王として冊封を受けていたようだ。だから、詳しい事はよく分からないが、明に内緒で勝手に領土拡大というのはちょっと難しいのでは?となると、この話が「正しい」という事になるためには、明の文献などからも同様の内容が出てくるはずだが……。

或いは、明に対して日本侵略の正当性を示すために「そもそもあそこはウチの土地だ」という内容をでっち上げただけと言う可能性も否定出来ないが、そうだとしてもそれなりの記述は出てくるのだろうな。

 

しかし、おかしな事はある。

太宗の死後、第4代の世宗は日本との善隣政策を採った模様。いわゆる朝鮮通信使を3度送って通行制度を整備したらしい。

そして、1443年には対馬国の宗貞盛と李氏朝鮮との間で嘉吉条約が結ばれて、通交船や貿易量の制限を定めている。

自国の領土と条約を結ぶと言うのはおかしな話だろう。


尤も、対馬国を治めていた宗氏は、李氏朝鮮の被官としての立場も有していたとされており、朝鮮側にとっては「あそこはウチの息がかかった土地だ」という認識はあった可能性は高いだろう。

 

以後、幾度も対馬国と朝鮮との間の軋轢はあったようだ。豊臣秀吉の時代には対馬を足がかりにして朝鮮出兵が行われているし、国交も悪化したようだが、1600年になって徳川政権によって国交回復がなされている。

以降、1811年の最後の朝鮮通信使が途絶えるまで、徳川幕府と李氏朝鮮との間には比較的良好な関係が保たれていた模様。

 

韓国側の主張する「18世紀云々」という話は、日本の明治政府が朝鮮と日朝修好条約を結んでいる。この辺りの事を指すのでは無いか?という気がする。

それまでは対馬が朝鮮領だった??

だとすると、幾度と無く条約を結んだり侵攻したり貿易をしたりと、おかしな事満載だな。

 

そして、9世紀の仏像だということは応永の外寇以前の仏像だと言うことになるわけだが、当然ながらその時代に対馬が朝鮮領だったことを示す文献が出てきたわけではないようだ。


しかし、仮に、万が一、対馬が朝鮮領と認められるような時代があったとしても、その時代の遺産だから盗み出しても良い、取り返しただけなんだと言う理屈は、どう考えても現代人が納得できる話では無い。

 

例えば、事情があって引っ越しをした結果、その土地に新しい人が住み着いたとして、その人の家のモノを盗み出して罪に問われないかと言われれば……、如何なる理由があろうと犯罪になる訳で。

正当性があるというのであれば、家人と話をして交渉をして譲渡して貰うのが正しいあり方だと思うんだけど?

 

まあ、盗人にも三分の理という喰らいだし、この話も盗人の戯言として聞き流すべき話なのだろうが、日韓の間の歴史認識の違いがこれ程までに大きいことは、今後も様々な軋轢の要因になっていくのだろうな。

注:「盗人にも三分の理」 悪事を働いた者にもそれなりの理由はあるのだと言うこと。また、どんなに筋の通らないことでも、その気になれば理屈は付けられるものだと言うこと。

追記

面倒なのがキタね。

対馬返還運動団体が対馬訪問、日本側ピリピリ

記事入力 : 2014/12/01 09:06

 対馬返還運動を展開する韓国忠清北道槐山郡の市民団体「対馬奪還本部」が曲折の末、先月27日から29日まで2泊3日の日程で、日本の長崎県対馬を訪問した。

日本側としては「泥棒ご一行が到着」した位にしか思えない訳だが。

 しかし、一行は日本入国からつまずいた。27日に釜山港から対馬の比田勝港に到着したが、上陸許可が下りるまで約4時間半もかかった。日本側はメンバーの荷物検査やボディーチェックだけでなく、靴の中まで徹底して検査するなど敏感な反応を見せた。

当然のチェックだよね。

 対馬奪還本部関係者は「今回の現地訪問に続き、対馬が大韓民国の領土だという広報活動を定期的な学術大会とも連携して展開する。子孫に対馬を引き継ぐ役割をより積極的に果たしていきたい」としたほか、一部の史跡で誤った記述の修正を対馬市に求めたところ、市関係者が誤りを認め、修正を約束したことも明らかにした。

こうした寝言をほざく団体である。当然警戒されるのだが、上で延々説明したように、対馬が朝鮮の領土だったという事実は存在しない。ましてや「大韓民国の領土」だった事実があろうハズも無い。

つまり、日本人と韓国人とは歴史問題に関して相容れないと。


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