原発の再稼働を考える(【原発】後編)

ちょっと信じられない判決が高裁レベルで出てしまった。日本の司法はどうなっているのかと。

阿蘇噴火想定「日本のどこにも造れない」関係者当惑 伊方原発運転差し止め

12/14(木) 9:02配信
 伊方原発3号機の運転差し止めを命じた13日の広島高裁決定。約130キロ離れた阿蘇山の火砕流到達を想定した内容について、電力関係者からは「日本のどこにも原発が造れなくなる」と当惑の声が漏れた。原子力規制委員会の更(ふけ)田(た)豊志委員長は同日の定例会見で、決定が今後の安全審査に与える影響について「ない」と断言する一方、「基準やガイドは不変のものではなく、科学的・技術的知見に基づき常に改善を考えている」と強調した。
なかなか凄い話で、この裁判は、広島地裁が3月に出した決定に対して、住民側が即時抗告をする形で広島高裁に持ち込み、広島高裁が運転差し止めを認めてしまったという、狂気の判決である。

伊方3号 高裁が停止命令 広島地裁判断を覆す

2017年12月14日 朝刊
 四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求め、広島市の住民らが申し立てた仮処分の即時抗告審で、広島高裁は十三日、運転を差し止める決定をした。直ちに効力を持ち、対象期間は来年九月三十日まで。3号機は定期検査中で、四国電が来年一月に稼働を再開する計画は事実上不可能となり、政府や電力会社の原発再稼働方針には再び大きな打撃となった。
偏向メディアの東京新聞の記事についている図が分かり易かったので紹介しておく。なお、記事の中身はどうしようも無い。

経緯

「分かり易い図」とはいえ、マルとバツの付け方が悪意に満ちているので、図の中にも作為が満ちている訳だが、さておき、このように高裁レベルでは原発運転差し止めはこれまで認められてこなかった。

その理由は、運転差し止めの決定は、電力会社に対して重大な損失を与えるもので、「差し迫った理由」が無い限りは裁判所如きが原発の運転差し止めを決定するのはおかしいのである。
この判断は、例えて言えば、「おまえの乗っている車、同じ車種が事故を起こしたので、運転すれば事故を起こす可能性がある。リコールは出てないけど乗るの禁止な」というようなもので、運転ができなくなった個人の経済的損失を裁判所が保障してくれる事は無い。それ故に、この類の決定は慎重に行われ、実際に車の欠陥が発覚して、事故が起これば死亡事故に繋がるような危険性が高いと判断されるようなケースでしか、用いられてはならないのである。

にもかかわらず、である。
 野々上友之(ののうえともゆき)裁判長は、熊本県・阿蘇カルデラで大規模噴火が起きた際に原発が約百三十キロの距離にある点を重視。「火砕流が到達する可能性が小さいとはいえず、立地には適さない」とした。活火山の桜島を抱える鹿児島県の九州電力川内(せんだい)原発(薩摩川内市)など火山と原発の立地を巡る議論にも一石を投じそうだ。
今回の差し止めを認める根拠がコレらしい。

?!

いや、まだ、「断層の上だから」「耐震基準」云々という理由を持ち出すなら、マシだと思う。だが、「火砕流が到達」だと?

断層の位置

こちらが断層である中央構造線の位置を示すもので、確かに伊方原発の下を通っている(直下では無い)と言える。ただし、約2000年おきに巨大地震が発生する可能性があるとも言われるけれども、地震リスクはやや高いグループに属するとされる程度で、直ちに運転を止めなければならないと言えるのか?という点に関しては疑問を感じるが。

で、火砕流の話はこちら。

噴火リスク

……えーっと、阿蘇カルデラって九州なのだけれど、いったいどこからの火砕流が飛んでくるのだと?
流石にネタレベルの話である。

……にもかかわらず、裁判長は「火砕流が到達する可能性が小さいとはいえず」って、馬鹿野郎か?!「小さいとはいえず」って、どういうこと??

さて、前回の記事をちょっと紹介しておく。
「再稼働」をめぐる裁判に触れたので、前回の記事の後編を書きかけだったことを思い出したのである。もしかして、期待していてくれた人がいたのならば、期間が空いてしまったことは申し訳無く思う。
で、随分と間が空いてしまったので、一応おさらいをしておきたい。
前回のおさらい
さてさて、「前編」ではいろいろと放射性廃棄物の処分場の必要性について書かせて貰った。僕の結論としては、「少なくとも、今すぐに中間処分場の設置をすべき」だ。
もちろん、難しい話であることは百も承知だし、「恒常設置」の懸念があることは足枷となることも理解しているが、早急に取り組まねばならない課題であるという事実は変わらない。放置は安全保障上の観点からも好ましくない。
放射性廃棄物の中間処分場は、仮でもいいので目処を付けなければならないし、そこに大量の放射性瓦礫を集めざるを得ない現状がある点は、多分、異論がある人は少ないだろう。

前回まではそんな話だった。
環境破壊経済の話
原発は動いていても動かなくても危険がある
では、再稼働は?と言う話を少ししたい。
まず、原発は停止状態でもリスクがある話も福島第1原発が実証してしまっているので、停止状態が良いとも言い難い点は指摘する必要がある。もし、停止状態で安全性を確保したいならば、先ずは原子炉から燃料棒を完全に抜くべきだ。その上で、燃料プールで数年冷却期間を置いた後、ようやくドライ環境での保存が可能となる。そこまで行って初めて「安全に停止」していると言える。
逆に言えば、ただ止まっているだけの原発は、稼働状態より多少マシ程度で、福島第1原発の事故のような事態を招く危険性を内包している。今の状態であれば、稼働状態も停止状態も「程度問題」なのだ。4号機は停止状態からのあの惨事である。無論、1~3号機が隣接していた点は考慮する必要があるし、建屋の一部が繋がっていた事も影響はあっただろう。だが、一番の問題は電源喪失だ。

なお、原発は作られてから50年程度は、事故はあったものの死者の出ていない発電方法であった(但し、東海村の事故は除く。あれは原発の事故では無いしね)。事故発生率を考えれば、比較的安全に管理されていたと言えると思う。
もちろん、一度事故を起こせば大変なことになるのは事実だが、これもジャンボジェット機の安全性と同じだ。事故発生率から言えば車より遥かに安全な乗り物であるにも関わらず、「飛行機は落ちる」というイメージが強く、落ちたら大惨事になるのは事実であるため、安全性については懸念がついて回る。原発もこれと似たような話で、生み出す電気エネルギーの量からすれば、安全性の高い発電方法だと言える。「安心」では無いのだけれどね。

つまり、安心と安全の違いは、イメージによって左右される。

確かに事故を起こせば問題になるのだけれど、そこは事故の発生率などとのバランスを考えるべきなのだ。
事故が起これば広範囲の環境破壊を引き起こす
でも、再稼働したら環境破壊に繋がるんじゃないか。そんな懸念はあるようだ。
この記事は、そんな話を丁寧に解説されたもの。
内容を簡単に整理すると、原発事故で問題になったのはセシウムとプルトニウム。セシウムは土壌が吸着してしまう性質があり、森のキノコやその他の植物の中で生体濃縮されてしまう可能性が高い。
それが人体に取り込まれる可能性がある。
まあ、そう言った流れの話である。

この記事の素晴らしいところは、除染の効果について言及しているところで、「2cmも土壌を削れば大幅な除染効果が望める」と。

尤も、森林の場合、森の上部、つまり葉っぱの表面に付いている放射性物質は除けないので、次第に下に落ちてくる。これが空中に舞い上がって雨として落ちてくれば、他の地域も汚染される可能性はある。だから、効率的に除染ができるか?というとかなり怪しい。
こうした面を考えると、一度原発事故が起きた場合には、「除染」するという事が非常に困難であることは、事実として認識しなければならない。
ただし、この話は福島第1の時のような半径30kmという大雑把な話では無い。寧ろ、風向きや天候に大きく左右されるので、そうしたファクターの方を重視する必要がある。
となると、原発ごとに色々な対策を定めるべきで、それは非常にハードルが高いのもまた事実だ。

事故を起こしていない原発は環境破壊を起こすのか?
何をもって「環境破壊」と定義するかは難しい。
ただ、放射性廃棄物が増える事が環境破壊に繋がるという議論をしてしまうと、再稼働してもしなくても放射性廃棄物の総量が変わらないという点は、前編で指摘してきたので議論する余地は殆ど無いと思う。
つまり、放射性廃棄物だろうが使用前の核燃料だろうが、別に用途が無ければ等しくゴミになってしまう。

ところが、放射性物質の使用用途は、現状ではそれほど多くは無い。放射線治療などに用いるケースもあるが、ウランがこれに用いられることは無く、ウランの用途は敢えて言えば放射性年代測定辺りに利用価値があるか、という程度である。つまり、輸入してしまった天然ウランは原子炉で使う以外に道は無く、全て廃炉にする場合には、輸入したもの、或いは加工してしまったものの処理に困る話になる。
原子炉で燃やしてプルトニウムになってしまうよりは、ウランの方が処理が容易という考え方もあるが……、それは長期的視野でものを見た場合であり、100年単位くらいで考える分には、ウランもプルトニウムも同様に厄介な放射性廃棄物である事に変わりは無い。
よって、未使用の核燃料を燃やして使用済み核燃料になることが環境破壊に繋がるか?と言う点は少々疑わしい。
再稼働を初めてどんどん天然ウランを国内に増やす事は、即ゴミを増やす事になるので再稼働は反対すべきと言う理論は成り立つとは思うが、廃炉を前提として原子炉がそのまま放射性廃棄物になる事を考えると、あと40年原子炉を動かしても、大差無いことは前編で指摘した通り。
となると、後は二酸化炭素排出や、温排水が環境破壊を引き起こすか?という話になる。

火力発電よりエコ?
原発事故以前は、原子力発電は寧ろ環境に優しい発電方法であると言われていた。今ではそんなことをいう人は少数派ではあるが。
ともあれ、原子炉を稼働しても殆ど「二酸化炭素」を出さない、というのが原発が環境に優しいという理屈の根拠である。
もちろん、「二酸化炭素」というファクターのみで考えれば、同量の電力を生み出すのに、火力発電より原子力発電の方が圧倒的に排出量が少ないことは、事故前も事故後も変化していない。
廃熱が自然界に悪影響を及ぼすという話もあったものの、実のところは火力発電も大差無い。
発電効率で比較すれば、火力より圧倒的に原子力の効率は悪いのだが、これは、そもそも比較の仕方が問題なのである。燃料の重量比で考えれば、効率は圧倒的に原子力の方が勝る。
つまり、放射性廃棄物の問題さえクリアできれば、原発はエコなのである。

人間の経済活動に悪影響を及ぼす
ただ、そうはいっても福島第1原発の事故は、結果から言えば、人間の経済活動に多大な影響を与えた事故であったという点は事実だ。もちろん、それが菅直人による人災的側面が強かったにせよ、被害はあったのだ。そして、再び事故が起これば、似たような結果を引き起こす可能性は否定できない。
そもそも、放射性物質は自然界には殆ど存在しない物質なのだ。これがばら撒かれれば、「環境破壊」と言っても過言ではない状況にはなる。
原発事故による経済的損失は20兆円にも及び、なおも増え続けている。

廃炉・賠償20兆円へ 従来想定の2倍

毎日新聞2016年11月27日 21時38分(最終更新 11月28日 06時47分)
 東京電力福島第1原発事故の賠償や廃炉などにかかる費用が総額20兆円超に上り、従来の政府想定のほぼ2倍に膨らむと経済産業省が試算していることが27日、分かった。
除染費用や補償費用が損失が積み上がった理由だ。しかし、本来避難しなくても良い人まで避難させている事を考えると、未曾有の大災害・大人災であったとは言え、大げさな金額になってしまったなぁという感想はある。

他の発電方法の模索
燃料は海外依存
原子力発電が、他の発電方法を模索する上での阻害容易になりうる、という指摘があったが、この辺りはそうであるとは言えないだろう。
原発が優秀であれば、他の発電方法は事故前に駆逐されていただろう。が、そうならなかったのは「エネルギーのベストミックス」という建前が日本政府にあったからだ。
当面の目標は3割程度であった。
翻って現状を考えてみると、火力発電は非常に優秀な発電方法ではあるが、外部に燃料供給を頼らねばならないという致命的な弱点がある。これは原発も同じだが、輸入する燃料に比べて取り出す電力には大きな開きがあるので、同列に語る訳にも行かない。
そもそも、燃料供給を外部に求める問題を解決すれば、そもそも「エネルギーのベストミックス」などという寝言を唱える必要すら無い。
結局、燃料資源の無い日本にとっては、火力にしろ原子力にしろ、海外に燃料調達を頼まねばならない状況なのである。
そうで無い、再生可能エネルギー発電に関して言えば、どれも素性が悪い。その辺りの議論はここではしないが、太陽光にせよ水力にせよ風力にせよ、一長一短があって、組み合わせたとしても「安定的な電源供給」が確保できないのである。

原発は他の発電の阻害要因になり得るか
「ならない」とはいえないものの、「なったとしてもたいしたレベルでは無い」と僕は思う。
事実、核融合発電は日本が世界で一番進んでいるし、他の発電方法も模索はされている。ただし、日本政府は押し並べてこの手の研究開発費に資金投入を渋る傾向にあるので、将来まで安泰か?という話は難しい。寧ろ、選択と集中で、次世代型の発電方法に研究費を集中すべきだ。それはそう思う。

……ただ、研究開発の常として、資金を投入したからと言って結果が出るとは限らないのだが。

まあ、何れにしても廃炉や放射性廃棄物の廃棄の問題にしっかり取り組まねばならない問題と、安定的な電力を確保する為に、現行の発電システムを安全に運転していくことと、新規の発電方法を模索する話、はいずれも別次元の話。全部やるしか無いのであって、お互いに疎外関係にあるという訳では無い。
政府が何れを選択するのか?という話をするのであれば、それは寧ろ国民が止めるべき話。

こうやって事実を並べていくと、原発の再稼働が他の発電の開発阻害要因になるという話は、正しいようにも思えるのだが、それはあくまで「何も無い状態で」の話だと思う。

現実は、原子力発電所が存在し、不良債権化しているのだ。
であれば、「再稼働」をして、少しでも利益を生み出しつつ、その利益を放射性廃棄物の処理の方向で賄う余地があり、全て廃炉にしてしまって不良債権だけが残る状況よりも、マシな状況を作り得る。つまり、別手法での発電方式にお金を回せる余地が生まれるのである。

つまり、使えるモノは使って、新しい道を模索しろ、というのが、僕は正しいと考えている。
無論、ここで災害が発生してしまえば、3.11より更に大きな被害を生む危険性は排除出来ないが、原発が稼働してから50年、それらしい事故は起こっていなかったのだから、確率的に言えば、残り30年程度稼働させても事故にならない可能性の方が高い。

確率論から言えば、再稼働をした方がメリットが高くなるのである。
不安は付きまとうんだろうけどさ。

運転差し止めの愚行を止めろ
そんなわけで、司法の暴走とも言える今回の愚かな判決は、今後の原発行政にも甚大な影響を与える可能性があるが、流石にどう考えてもやりすぎである。

こんな判決を乱発されては、司法の信用そのものを失墜させかねない。
「仮処分による運転差し止め」が、如何におかしなことかは、筆舌にし難いところはあるが、原子力規制委員会などという組織を設け、時間をかけて検査し、合格を勝ち取った上で再稼働を下にもかかわらず、こんな裁判所のおかしな判断1つで全てをひっくり返せるような話になれば、それこそ何のための原子力規制委員会なのか、ということになる。

再稼働は慎重に、という意見はあると思うし、それは必要だと思う。だが、一度認められた再稼働をこの様な形で差し止める等ということがあってはならないし、そんなことを許しては、今後の司法の信用に関わる。

再稼働の是非もあわせて、みんなには考えて欲しいのだけれど。


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コメント

  1. 約9万年前の破局噴火の事ですな。
    九州の原発を停める為の良い前例が出来た訳で、ただでさえ神戸製鋼のデーター偽装の影響で再稼働が遅れている処なのですが・・・
    まあ連中にとって原発を停めれるなら理由はどうでも良い話しで極端な話し「隕石が落ちる可能性が有る」でも問題ありません。
    しかし「敵性勢力の攻撃目標になるから」とわ言わないのかしら?火山噴火より確率は高そうなですが。

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    1. 破局噴火:地下のマグマが一気に地上に噴出する壊滅的な噴火形式で、しばしば地球規模の環境変化や大量絶滅の原因となる。

      過去、大変な噴火があった阿蘇山の一番最近の噴火が9万年前の話。
      でも、これから100年間に噴火がある確率は1%以下だと言われているアレですね。

      そんな噴火があれば避難どころの話では無いのですが、そうしたことをは裁判官が加味する話では無いのでしょうねぇ……、そんな判決が信用できるのかと。

      削除
  2. オイラもトンデモな判決だと思いますし、経済を思えば短期的に原発再稼働も止む無しでしょう。

    オイラ個人としては短期的には原発再稼働、中期的な目標として既存の発電法の発展と改良、長期的には原発に代わる安定的で大量の電力を発電できる方法の確立。
    これを目指すべきだと思います。
    んで、実は。日本向きの発電法があります。それは海流発電です。黒潮などの大規模な海流にタービンが付いた筒を沈めて海流で発電する方式です。
    これなら風と違って安定して発電できますし、幸い我々は海に囲まれてます。
    実は実証実験も完了していて、実用化に向けて邁進しているそうです。以下ソース。
    http://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_100824.html
    案外、先は明るいかも知れません。

    一日も早く原発に代わる発電法が確立されることを祈ってます。

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    返信
    1. 個人的には原発を続けて欲しいのですが、しかし現実的にはご指摘の通り、原発を止めて別の発電方法に頼るべきでしょうね。

      ただ、ご指摘頂いた海流発電は……、正直あまり期待していません。
      船底に大量の付着物ができる様に、海の中で構造物を維持するためには色々とネックになる話があります。そうした話を技術的に解決できれば、利用できる巨大なエネルギーなのですけどね。

      削除
  3.  後篇ありがとうございます。ほとんどの部分で、同感です。
    ・事故は絶対に起きる(飛行機や自動車と一緒)。
    ・機械は壊れる、人はミスする。
    ということを前提に議論し改善していければ、有益だと思います。
     再稼働については、反対のままですが、前後篇のとおりの前提で、わずかな解釈の違いの積み上がり差程度です。 
     また「裁判所が再稼働中止にするのは暴走だ」という気持ちも分かります。
     但し、裏返しで「裁判所が再稼働を容認。」というのも暴走になります。
     航空機事故や公害や薬の副作用など、技術的判断が裁判で争われるケースは多いですが、裁判の結果と本質的な解決とは無関係なことがほとんどです。
     最近だと、CERNの素粒子加速器での実験で「ブラックホールが発生する可能性があるから危険だ」として、実験差止め訴訟が欧州で行われています。
     この種のことを裁判で決めるのは馬鹿馬鹿しいことであると同時に、仮に本当に危険な実験であった場合、他に止める手段がないのも、また事実です。
     さらに、諫早湾干拓関連訴訟では、福岡高裁で「水門を開けろ」という判決が確定、一方で同じ福岡高裁は「水門を開けるな」という地裁仮処分も有効と認め、既に確定しています。
     漁業被害の因果関係という技術的判断を裁判に求めた結果、「開けろ」「開けるな」の正反対の主張が、どちらも正しいという高裁判決となってしまっています。
     原発でいえば、再稼働と稼働禁止が同時に正しいとされたわけで、実にファンキーです。
     再稼働賛成反対と言った意見の対立は、議論や検証を通して地道に解決していく他はなく、その解決過程こそが、ある種の問題解決能力であり技術の確保といっていいものであり、国の力になると思っています。
     私のQAに対して、前編後篇に渡る多大な労力を掛けて頂き、大変有意義なご返答を頂けたことに心から感謝申し上げます。
     ありがとうございました。

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    返信
    1. 時間をかけてしまいました。
      多分、僕は推進派の立場ではありますが、正直に言って原発の長期的な存続は難しいと考えています。ただし、それはそれとして、使える原発を動かさないで延々検査をやる姿勢というのは、無駄に思えてならないわけです。

      裁判所の裁判の内容が、科学的では無い、合理的では無いと言うのは一般人の感想で、法律にあてはめてみれば概ね合法的ではあります。それはある意味司法の限界といことでもありましょう。
      ただし、それが必要な過程であるというご指摘は、その通りで、一番必要なことは、国民一人一人が問題は何処にあるのか?最終的にはどうすべきなのか?そういう事を考えて、国政に対して訴えるべきであると、そう思っています。

      しかし、その間、原発を動かさなくて良いのか?というところは、多分、Kujiraさんとは意見が相容れるところではないのか、と、その様に感じました。

      そして、こちらこそ丁寧な返答を頂きありがとうございます。
      読みにくい部分もあったかと思いますが、お付き合い頂き光栄です。

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